ホテルが見えた
ダークワールドで………………………………………………
漫才コンビ〝クマムシ〟が解散し
〝ラランド〟も解散し
クマムシの長谷川とラランドのサーヤが
新しい漫才コンビを組むことになったらしい。
………新しいコンビは全くウケずに
泣く泣く解散することになった。
けれども…
いつしかサーヤは長谷川に恋心を抱いていて
最後の舞台の後に一緒に帰る道すがら
サーヤは長谷川に告白するけれど
彼はただただ…断るだけ。
気がついたら二人の目の先にはホテルが見えた。
サーヤが
だったら…最後に……と懇願するけれど
彼はどうしてもうん!とは言わない。
そして
彼の口から出た言葉は衝撃的だった!
「うっ………」
目が覚めた。
ベッドの布団の中だった。
なんとも……不思議な夢だったなぁ。
なんだか吐き気もあるなぁ。
居間からテレビの音がかすかに聞こえるから彼女は起きたみたいだ。
布団から出た。さっぶ!
部屋の中なのに恐ろしく寒い!
早々に靴下を履いてメガネをかけトイレに向かった!
覚醒と同時に風乃ダムから緊急アラートが発せられてきたからだ。
トイレに入って無意識のまま
半分は朦朧としながらもPink生地CoverのT-seatを倒し
T-seatを倒し厚手の2underwearを下ろして座り
風乃ダムを放流した。
あああ…危なかったなぁ…
最近覚醒から高速で緊急アラートが発せられるから怖い。
新鮮な驚きを感
それにしても、シニア群団は、お元気。
ぞろぞろぞろ、大群のため、どこに行っても、その場に居合わせた人々の口から、イナゴの大群のようなシニアの大群に驚かれる香港牙醫。
「わあ、(すごい)シニア(が、いっぱい)や」と若い人たちからの言葉も聞こえる。
「はい、そうです、それが何か?」と、わたしはこころの中で、反論も否定もせず、100%正確な感想を受け止めた。
シニア以外の何ものでもないのだが、大群になると、やはり奇異に映るのかも知れない。
シニアといっても60代の人はほとんどいないだろう。
70代を中心に、80代も存在感を示す。
お元気なのは良いが、なぜこんなにたくさんのシニアが一堂に集うのか。
そこが、謎であったり、現象を紐解くには興味深いところであったりする。
週に3回以上は参加しているという、ある女性(推定70代後半??)と話す機会があった。
ほどよく疲れた身体で、帰宅後、家でお酒を飲むと、とても気持ちいいそうだ。
だけど、疲れすぎても良くなく、頃合いがあるとか。
前は(身体的理由で?→憶測)参加できなかったが、参加できるようになると、本当に有難い、充実している、とのこと。
ダラダラ歩くとかえって疲れるらしく、気合いを入れて歩くほうが、ウォーキング後が爽快なんだそうだ。
京都から電車を乗り継ぎ参加されたようで、長距離ウォーキングに予想をはるか上回る参加回数に驚いた。
周りの人のペースによって速度に影響を受けるため、快適ウォーキングの時も、疲れるウォーキングの時もあるそうだ兒童矯齒。
いやはや、ウォーキングの先輩、達人。
たかだかウォーキング、されどウォーキング。
高齢の人々は、「家にいても何もすることがないから」という皆さんの口々の会話から、ネガティブなマイナスの動機だと想像していたが、中には、ポジティブな積極的な人もいることに新鮮な驚きを感じた。
見た目は、灰色お年寄り群団。
しかしよく見てみると、登山服、用品メーカーのmont-bellをかなりの頻度で目にする。
じつはわたし、暑い寒い、服装の調整と、季節や丈など見た目ファッションを考え、服を選ぶのが苦痛になっている。
街着をウォーキングに着ても全然悪くはないのだが、やはり、雨風にさらされ、くたびれてくると、ちゃんとした場には、みすぼらしくなり、おしゃれ度が下がる。
ファッションセンスがどうこうではなく、自分で情けなさが漂い、惨めで自信が持てなくなり、居心地が悪くなる。
その点、登山やウォーキング専門メーカーは、目的や状況をとことん考えて作られているので、さすがに良さげ。
専門店は何店舗も営業しているので、店を覗いてみようかと(けっこう本気で)思っているbotox瘦面。
わたしが、崇拝しているあるFIREブロガーさんの信条は、服装選びに時間と労力をかけたくなく、UNIQLO一本だそうだ。
ただ、シンプルなUNIQLOを爽やかに着る体型を維持するには鍛錬が必要で、運動は、毎日しているとのこと。
外側にではなく、中身に対して努力を重ねる。
高級ブランドにこだわるのではなく、自分こそがブランド。
これも、仏蘭西・裕さんのモットー。
わたしも余計な労力は削ぎ落とし、自分軸で動きたくなってきている。
(元々、手抜き、サボり、省エネではあるが)
旅行が下火だそう
アパルトマンがある駅の隣駅近くにあるガリエラ美術館に行ってきた。
ちょろっと回ると、もうおしまいだったので、こそっと逆流したり。
モードの展覧果酸煥膚。
個人の邸宅を通り越した、小さな宮殿みたいな立派な建物。
庭園でしばらく、ぼおっとしていた。
とてもいい気候で気持ちいい。
が、外で長時間、一人で、ぼおっとするのは、どうも落ち着かない。
またまた、アパルトマンに戻ってきた。
ちょびっと出ては、とっとと帰ってくる、
すっかり、家っ子になっている。
よほどアパルトマンが快適だということだ。
地下鉄の乗り方は、ほぼマスター、行きたい場所も時間をかけると行けるようになった。
どこに行きたい、という具体的なニーズも出てきた。
というか、帰国日が迫ってきたからなんだが。
わたしは、いつも、こう。
スロー・スターター。
純正引きこもりではなく、
出ては帰り、出ては帰り、ブーメラン引きこもり。
お昼ごはんもアパルトマン、三食ともアパルトマンで孕婦按摩。
どんだけアパルトマンが好きなんだ?
それがまた、けっこう居心地がいい。
適度な広さ、空間、音楽、映像、環境、くつろげる条件が揃っている。
「暮らすような旅」と謳い文句で客を呼び寄せる旅行業界。
現地でイベントに参加したり、カスタマイズする旅が増え、昨今は団体旅行が下火だそうな。
インターネットの普及で、地球の歩き方は、ずいぶん変わった。
恩恵にあやかれる間に、体と頭が動く間に、積極的に活用したいものだ4D羊奶粉。
今日は、二カ所に行く予定。
ただし、途中で変更はおおいにあり。
気ままな持ち時間である。
ただし、ケイタイに、日常に引き戻されるようなメールが飛び込む。
日本から送信される度に返信しつつ、苦笑する。
しの心を蝕んでいた
その人は、調べ方がわからない、自分は何がわからないのかわからない、自分は何がしたいのかわからない、、、そんな感じ。
であるにもかかわらず、マウントを取るのが、わたしには耐え難い。
最大級の嫌いの理由月餅包裝。
自分はどういう能力かわかって、下手に出るとか、控えめにするとかなら、ともかく、自分は出来ると思っていて、さらにそれを人に示したい。自己顕示。
これはなかなかキツい、、、。
いっそ、まるで何もできない幼児の方が、ずっとずっとずっと可愛い。
丸投げであろうが、依存であろうが。
「ボク、出来るもん」と自信たっぷりで、実際は出来ない3歳児のほうが、将来性がある。
書いているうちに、特定の人物Aに対する憎悪や怒りが湧き起こり、ぶつけている。
決して、普通の一般の人に対してへの嘆きではない。
普通の他人に対して、企画が出来ようが出来ないかろうが、全くどっちでもよく、どうでも良い。
前述したように、特定の人物がそうであったことが、長い間にわたしの心を蝕んでいた。
長く身近で観察したり、行動を共にしたりしないとわからないことがある。
わたしはある意味、パワハラ被害者だった箍牙失敗。
まだよくわからない人物に対して、どう受け取っていいのかわからなかった。
が、いろいろなことを通して、霧が晴れた。
配偶者だったりすると、離婚したり大変だろうけれど、単なる赤の他人なのでよかった。
自分が若ければ、苦労は買ってでもせよ、とばかりに頑張ったであろうけれど、この年になれば、遠ざかるのみ。
と言いつつ、配偶者に対しても苦情、不満はタラタラあっても、そこそこ我慢するか、対策を講じる。
相手が誰であろうが、自分を守るのは、自分。
ところで、、、
音声入力にすると、楽なので、ものすごい文字数になっているのがわかり、ぎょっとしたthermage 效果。
延々、長電話のごとく。
ここでやめよう。
ちなみに、音声入力は、文章なの?
単なる独り言?つぶやき?
文章と同じか、、、。
で聞いたことがある
わたしが初めて(学校以外で)お付き合いした男性K。
わたしと同じ歳、同学年。
中学から、それぞれの地域の公立高校や、地域は関係ない私立高校に進学するが、K市のH高校に進学した元クラスメイトから、H高校のKの名前を後で聞いたことがある。
出会ったのは、高校を卒業したばかりの年の3月。
アルバイト先で、お客さんとして、いつもKは友達と2人で来ていた。
どうやったら、わたしと近づけるのか、2人で話し合っていたようだ。
その時の背がひょろ高いKの友人の顔を今でもはっきり覚えているscientific research。
Kは、大学入学に際しては浪人したが、1年後には第一志望ではない大学に入った。
学部的には偏差値は高いが、Kは志望大学には、こだわりがあった。
身長180センチで、すごくスタイリッシュでオシャレな男子だった。
いかにもKOBEっ子というかんじ。
Kからもらった錨デザインのシルバー・ブレスレットをまだ持っている。(捨てる機会がなかった)
今、思えば、お付き合いが続かなかったのは、わたしのせいもあるようだ。
当時は、自分の発言、主義主張はどういう意味合いを持つのか、全然意識がなかった。
単純に思ったままを口にしていた。
若き日は、無知な日々。
まあそれはそれ、として。
Kと結婚しなくて良かったと思う。
あんな、カッコイイ、ハイスペック男では、絶対に上手くいかないのは、見え見え。
わたしたちは、まだ10代で青かったから泥沼にはハマらなかったが、それで良かった。
沼にも行きつかず、せいぜいハイキング止まり。
無意識なりにわたしは自分の人生を自分で作って、実践していたようだ。
親の影響が大きかった。
自分が幸せになるのはどんな男性かを本能的に嗅ぎ分けていたと思う電機工程。
垢抜けないダサい人が合っているみたい。
過去を振り返ると、わたしに好意を寄せてくれるのは、ダサい人ばかり。
なんで?
カッコイイ人は見事に素通りした。
ダサくて性悪の悪人なら話にならないが、ダサくて「真面目」がセットになっている。
意地悪だとか、小狡いだとか、悪知恵を働かせるとか、そういう手は使わない。
小悪党でも大悪党でもない。善人。
信頼できる。
ただし、ダサいのだけが、いただけないが。
(自分ではダサくないと思っているようだが)
まあよい。
知らないことは、幸せなこともある。
ダサさは、生まれつきなので、努力してもどうしようもない。
センスの問題だから。
たとえ、美容整形手術をしても、センスまで変えられない。
カッコ良さ分野のセンスが悪くても別に何の問題もない。(逆に、見かけ倒しはイタイ)
たんにモテないだけだから。
モテないのは、安心出来る。
が、モテない男性がプロ女性に走るケースもある。
だんだん垢抜けてくるかというと、そんなことはなく、やはりダサいまま。
別にかまわない。
センスは磨かれる場合もあるが、磨かれないこともある通渠推介。
だが、センスへの欲求は捨てない。
(本人は、いつまで経ってもセンスないが)
ってしまっては意味が
昨日の誰にも言えない悩み記事。
その前日まで2回続いた「オトコとオンナ」カテゴリー記事の後では、まるでハニー・トラップか、ロマンス詐欺に遭った女性のようだと感じた。
あるいは、高齢者を狙った振込み詐欺。
または、どこぞのうまい投資話に乗って損した、、、とか。
そういう感じに受け止められそうだ。
が、違います。
内容には触れないでおきます。
人に相談出来ない個人的なことなので中學派位。
ガシャン、ロック。
スミマセン。
ちなみに、全く関係ないが、まだわたしは、高齢ではあるものの、生物としてはまだ女性のよう。
不思議な気もするが、安堵する思いもある。
なんなんだろう?
話はコロッと変わる。
今日は、古紙・資源ゴミ回収の日なのだが。
皆さん、まあなんとキチンと綺麗にまとめて出しておられる。
四角の紙(主に新聞)を重ねて束ねてあるが、歪みだとかがない。
キュッと紐で緩まないように縛ってある。
それに引き換え、わたしの出した資源ゴミったら、、、。
紐は、ゆるゆる、四角四面に収まらず、はみ出し、ルーズ。
しかも、紙ゴミの出し方が、独特。
これはちょっと恥ずかしい英國買樓。
どうしてもダメなゴミは回収されずに置いて行かれるので、持って行ってくれているということは、どうにかOKなのだろう。
ミリ単位のキチンとさを周りと比較すると、最低ランクかな?とは思いつつ、その下もあるはず。
それは、資源ゴミを分別せず、回収日に出さないお宅。
資源ゴミが外に出ないから様子がわからない。
ちょっとブザマでも、出しているほうがマシかも?
ある人は、資源ゴミも普通のゴミも、全部コンビニのゴミ箱に捨てているという。
せっかく各家庭で綺麗に洗って干して乾かして分別ゴミに出しても、そういう汚いままのプラゴミと混ざってしまっては意味がない。
そのあたり、どうなっているのだろう。
そもそもプラスチックゴミが多すぎて、環境問題に留まらず、人体に影響が出てきているとか。
便利だからと、どんどん易きに流れると、いずれ反動に見舞われる。
外食業界も、ストローやスプーン、フォーク、ナイフ、カップ、トレーなど、環境に優しい天然素材を使うようになりつつあるようだが。
と、話がまたまた逸れている。
ご近所の皆さんは、高齢世帯が多いにもかかわらず、意識が高い人が多いと感じる。
ちゃらんぽらん、ぐちゃぐちゃにゴミを出さない。
似たような意識の人が集まっているのか、はたまた今は皆さん、こういう風潮なのか、、、。
海外の国々でもゴミ収集状況で、国の様子がわかる。
発展途上国だと思っていた国の、街のゴミ状況がちゃんと整っているのを見ると、ほほぅ、と感心すると同時に、わたしの感覚が古いことに気づく。
もちろん、一般の人から見えないところには、不衛生な所もあるだろうけれどCloud Accounting。
世の中は動き、それと同時に自分は自分で独自に変化する。
両方が動くので、見える景色が変わってくるのには納得できる。
無常を体感する。
クセス数がガタ落ちだ
前回訪れたパリのブログ記事よりも、今回のほうが、断然、アクセス数がガタ落ちだ。
というか、日によって、アクセスのアップダウンが著しい。
面白くないんだろう。
いつものボヤキは読めても、旅、しかも、一般の人はあまり興味のない路線。
第一、旅とは言いがたい。
受け入れる気にはなれないのだろう渠務工程。
共鳴、賛同の外側。
なんとなく、わからないでもない。
数字は正直かも知れない。
第一、パリって?
私の年齢と合わない。不適合。しっくりこない。
パリひとり旅なんて、ごろっごろっといる。平凡すぎて、恥ずかしくて、人に言えない。
堂々とブログに恥ずかしげもなく、凡庸さを露呈、表しているが。
人間は矛盾する生きものなので、それはそれでよい。はい。開き直りも大事。
しかも、「パリひとり旅」とはしゃぐのは、大概は若い女性。娘世代。
わたしは、若い頃、果たせなかった夢を今、実現しようとしているのか?
違う。
別にそんな夢を抱いていたわけではない。
たいして興味もなかった。
(ひとり旅の初心者コースには最適かと、パリを選んだ経緯がある)
この年になって、なにを今ごろ、いまさら、何を?
もうとっくに、消化して、はい、次、行きましょう!という、爽やか世代のはず。
青臭くて、甘っちょろけて、自分でも気持ち悪い工料測量。
いい年して、みっともない。
さらっと、カッコよく、風に吹かれて、みたいなほうが、さっぱりして、あっさりして、薄味でいい。
ワンレン、ボデコン、肩パットがドカンと入った、アメリカンフットボールのユニフォームみたいな、
あるいは、聖子ちゃんカット(聖子ちゃん自身が、今はロングヘアなのに)
時代が過ぎているのに、まだ自分の立っている位置は止まっているような。
というか、ブログ、やめようかしら。
ふと、そういう気になった。
いや、ブログは自分を見つめるために書いている。自分のために書いている。
究極の自己ちゅーツールである。
ブログに振り回されるのは、本末転倒。
そして、ブログと、わたしは、一体化している部分はあるが、決してすべてではない。
わたし>ブログ
であり、
わたし=ブログ
ではない馬來西亞 樓盤。